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メメント・モリ
メメント・モリと写真-
恵比寿の東京都写真美術館で「メメント・モリと写真 死は何を照らし出すのか」という展覧会を見ました。

「メメント・モリ」とは「死を思え」ということらしいです。
なんで死を思わなくちゃいけないのか?
それはここに来て、コロナの大流行と関連付けているようです。

当たり前ですが、実は人間はいつも死と隣り合わせで生きています。
たいていの人は毎日の生活の中では、あまり意識しないでいると思いますが、コロナが流行って身近な人が亡くなったりすると、そのことを実感しますよね。

展覧会はこの版画のシリーズから始まります。
一つ一つ見ていくと、結構おもしろいのですが、なんといっても、このシリーズは極端に小さく(縦が6センチぐらい)顔をくっつけて見ないと見えません。
展覧会がすいててよかった。
といっても、この写真美術館が混んでることって、今までになかったですけどね。
ひとつひとつのシーンに死神が描かれており、人がなにかしようとすると、脚を引っ張っています。
ハンス・ホルバイン 死の像より行商人-
戦場では常に死と隣り合わせです。
戦争に行ったことが無く、戦争を知らない私が言うのはおこがましいですが、一瞬一瞬が死ぬか生きるかの連続で、この背負われている兵士も、背負ってくれる人がいなければ、この写真の中に転がっている死体になってしまうところです。
まさに「メメント・モリ」です。
ロバート・キャパ フラーガアラゴン前線、スペイン 1938年11月7日-
これは死者を見送っているところでしょうか。
河の流れに死者の魂をゆだねて、亡くなった人への思いをはせているところかもしれません。
夕暮れの(それとも朝焼け?)川面に映る光が荘厳な雰囲気を醸し出しています。
藤原信也 死のとき、闇にさまようか光に満ちるか心がそれを選びとる-
「死」があるから「生」があり、生きている時間が終わるとき、人はだれでも死にます。
それを考えると、虚しいでしょうか?
「どうせいつかは死ぬのだから、何をしても虚しい」という人もいますが、かといって、いつまでもただただ生きていることが良いことでしょうか。
死があるからこそ、今・現在生きているこの時間がかけがえのない大切なものとわかるのではないでしょうか?

SS

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[2022/08/31 08:44] | アート 3 | page top
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