
江戸時代中期、広島の武士稲生平太郎君が16歳の時、自分の屋敷で1ヶ月間、怪異現象を体験しました。
その平太郎君本人が書いたとされる「三次実録物語」、それを元に描かれた「稲生物怪録絵巻」、そして本人からの聞き取りに基づいて同僚の武士が書いた「稲生物怪録」が1冊の文庫本になっています。
文章は古典の風味を残した現代語訳なので読みやすいです。
「三次実録物語」は日記調なので、毎日毎日現れるもののけについて順を追って詳細に記録されています。
物語を読みながら絵巻も一緒に見ていくと、まるで絵日記のようです。
ゴロゴロと寝ころんで簡単に楽しめるので、この文庫本は親切な造りなのです。

物語の真偽の程は勿論不明ですが、魅力ある話なのでいろんな人達がこれをネタに作品化しています。
水木さんも漫画にしていますよ。(読んだ事ないけれど。)
さて、読み進めていて謎なのは、平太郎君の所に毎日もののけが現れるのに、本人は全く慌てず平常心な事です。
それも、一人いた家来には早々に逃げられ、幼少の弟は親戚に預け、その間ほぼ一人暮らしだったのです。
平太郎君は、合理主義なのか、肝が座っているのか、それとも単にアホなのか、「何事が起きても驚かず、張合さえしなければ、さほどの事ではありません」などと嘯いています。
親戚や知人、近所の人などは、気遣いや好奇心からしょっちゅう様子を見に来るのですが、もののけを見ると怖気づいて帰ってしまいます。
皆が帰宅後、平太郎君の記録は「その後寝た」というくだりで話が終わっている事が多いのも・・・もののけに慣れすぎじゃ。

・・・というように、この本で面白いのは、奇抜で異様な内容もそうなのですが、その割に淡々とした観察記録のような文章でしょう。
平太郎君をはじめ登場人物は実在したようですし、出来事も起承転結が作為的に練られた物語(怪談)風ではありません。
実録的な雰囲気が漂っているのです。
だからと言って簡単に信じられる話ではないですけどね。
本の最後に「この怪異現象があったとされる頃、イギリスでは産業革命が始まった」という解説があり、「そうだよな」と我に返りました。

怖い話では全くないので一度ご賞味を。
KS