
「前に龍馬のもしも話を紹介したけれど、これも幕末のもしも話だよ。
同じ作家、五十嵐貴久の『安政五年の大脱走』。」
「映画の『大脱走』をモチーフにしているのかもしれないけれど、全く違った内容ね。」
「今回は井伊直弼と側近が登場するけれど、それ以外は架空の人達だと思う。
井伊直弼が、ある小藩のお姫様を見初めるけれど、側室になることを渋られる。
そこで、その小藩の江戸勤務の武士達とお姫様を上の表紙のような山の頂上に監禁するわけだ。
お姫様が側室になることを了解すれば武士達を解放する、という条件付だけどね。」
「逃げようの無い断崖絶壁の頂上から穴を掘って逃げよう、というのはなかなか笑えるわね。
上の絵で立体的に考えてみてよ。
いくらなんでも無理があるんじゃない。
そして、ラストにはどんでん返しが用意されているけれど、それもちょっとやりすぎかな。」
「階級社会に暮らす武士達が、極限の収容所生活を送っているうちに身分を越えて実力や技能のある者を敬うようになっていくのも面白いね。
ところで、主題と関係ないんだけれど、籠(かご)に乗ると籠酔いする、という話に興味があったな。
そんなこと考えたこともなかったけれど、確かに長い時間乗ったら気持ち悪くなりそうだよね。
籠に付いている紐を持っていると酔い止めになる、ていうのは本当なのかな。
それから、距離を測るための目測のやり方も参考になったよ。
かなり誤差がありそうだけれど。」
「しかし、この話の井伊直弼はヒマと言うか身勝手と言うか、おバカの標本みたいね。
こんなことしてる場合じゃなかったんじゃないの。」
「いや、意外と今の人間より、江戸時代は幕末でも時間はあったんじゃないのかな。
歴史の教科書に出ていることだけやってたわけじゃないし、あとは何をしてたか分からないよね。
それから、この手の幕府の陰謀は、相手の藩も分かってはいても大っぴらにはできないから、こんなとんでもないことでも世間に知れない可能性はあるね。」
「まあ、よくこんなこと考えたわね。
もちろん、作者がよ。
無茶苦茶な話に強引に引き込んでいく語り口には敬意を表するけれど。
あまりに荒唐無稽な話で、私は感情移入できなかったな。」